2025年10月14日、NPO法人「回復はどこにでもある」が主催する秋の依存症啓発セミナーにオンラインで参加しました。今回のセミナーは板橋区立グリーンホールで開催され、主に依存症に関わる当事者・支援者・市民を対象にした啓発的な学びの場として企画されたものです。
テーマは「心の傷への接し方~ポリヴェーガル理論より~」。講師を務められたのは、心理学博士であり公認心理師でもある花丘ちぐささん。神経科学に基づいたアプローチから、トラウマと依存症の関係、そして「安心」の持つ力について、理論と実践を交えながら非常にわかりやすく解説してくださいました。
ポリヴェーガル理論とは?
セミナー前半では、花丘さんがポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)の基本概念を丁寧に紹介されました。
この理論は、アメリカの神経科学者スティーブン・ポージェス博士によって提唱されたもので、従来ひとまとめにされてきた「副交感神経」が実は二つの経路(背側迷走神経・腹側迷走神経)に分かれており、それぞれが異なるストレス応答を担っているという発見に基づいています。
この迷走神経系の活動が、私たちの「安心」「警戒」「凍りつき(フリーズ)」といった反応を司っているのです。トラウマによって身体が「シャットダウン」するような反応を見せるのも、実は生理的に備わった防御反応であり、「心が弱い」「逃げている」といった否定的な解釈ではなく、「生き延びるために体がとった最適な戦略」なのだと理解することが重要だと説明されました。
ご自身の経験を通じた「伝わる」語り
講義の中で特に印象深かったのは、花丘さんご自身が過去に経験されたトラウマ的状況とその後の回復プロセスを、ポリヴェーガル理論に照らして語ってくださった場面です。
「なぜあの時、何もできなかったのか」「凍りついていたのか」と長年抱えていた疑問が、この理論によって初めて意味づけられ、「あの反応は、私の身体が命を守ろうとした結果だった」と納得できた、という言葉には説得力があり、深く心に響きました。
ソマティックムーブメントの実践
セミナーでは座学に加え、「ソマティックムーブメント」の時間も設けられました。これは身体を通じて「安心感」を取り戻す実践的なアプローチです。深呼吸や軽いストレッチなどを画面越しに行いながら、自分の身体が今どんな状態にあるのか、安全を感じているのか否かを観察するという、体験型の内容でした。
「頭でわかる」だけではなく「身体で感じる」ということが、いかに回復において重要であるかを実感できる貴重な時間だったと感じます。
依存症とトラウマ:生理的理解の必要性
続く講義では、「依存症は意志の弱さではない」というメッセージのもと、トラウマやストレスが脳・神経系に及ぼす影響について語られました。
特に、乳幼児期の不安定な養育環境や心理的ストレスが、その後のストレス応答系にどのような影響を与えるか――こうした話はACE(逆境的小児期体験)という概念にも触れながら紹介され、「なぜ依存症になってしまうのか」という問いに対して、心理学と神経科学の視点からの説明がなされました。
これにより、依存症とは「症状」ではなく、「生存戦略としての適応」であるという視点が参加者に共有されました。
心に届く理論、身体で実感する回復
今回のセミナーは、依存症というテーマを通じて、「心の傷」と「回復」を身体の仕組みから紐解く貴重な機会でした。
理論と実践を橋渡しする花丘ちぐささんの講義は、参加者それぞれに「回復の可能性」を見せてくれるものであり、単なる学びにとどまらず、「生きづらさ」に寄り添う新たな視点と勇気を与えてくれました。
「心の安全があってこそ、人は変われる」「身体の反応には意味がある」――この視点が、支援にも、セルフケアにも、そして人間関係の中にも活かされていくことを願ってやみません。
今後も、このような科学と実践を結ぶセミナーが広がっていくことを期待しています。