生活保護「硫黄島作戦」とは何か?

「硫黄島作戦」とは?

――生活保護申請をめぐる”見えない排除”の実態

生活保護は、憲法25条で保障された「健康で文化的な最低限度の生活」を営むための、誰もが利用できる権利です。しかし実際には、「制度があること」と「制度が使えること」は大きく異なります。

行政による申請阻止や意図的な支援打ち切りの手法として知られるのが、「水際作戦」と「硫黄島作戦」です。今回は、そのうちの「硫黄島作戦」について詳しく解説し、生活保護制度の本来のあり方について改めて問い直してみたいと思います。


「水際作戦」と「硫黄島作戦」――その違いとは?

まず混同されがちな2つの作戦について、簡単に整理しておきましょう。

水際作戦とは

申請に来た市民に対し、申請書を渡さずに「相談」で押しとどめる。就労可能性や親族援助の可能性を過度に強調し、「まだ申請の段階ではない」として追い返す。これが「水際作戦」です。

この名称は、「水際で敵の侵入を食い止める」という戦略にちなみ、「申請の入口」でシャットアウトする行為に由来しています。

硫黄島作戦とは

一方、「硫黄島作戦」は一歩進んだ戦略です。申請を一度受理したあと、辞退届を出させたり、意図的に他自治体へ転居を促して支援を打ち切るというものです。

旧日本軍が太平洋戦争中、米軍の硫黄島上陸を許したうえでゲリラ戦に持ち込んだ戦略になぞらえ、いったん支援を始めてから対象者を“排除”するという意味で使われています。

両者とも、制度上は認められていない「脱法的」運用ですが、近年の裁判や調査から、その実態が少しずつ明らかになりつつあります。


埼玉・三郷市で起きた「硫黄島作戦」の実例

2004年、三郷市に住む40代のトラック運転手Aさんが白血病を発症し、入院生活に。収入は完全に途絶え、家族の生活は逼迫していきました。妻Bさんは専業主婦で、夫の看病と精神的ストレスにより自らも通院を開始します。頼みの綱は、派遣で働く息子の月10万円の収入のみ。

生活保護を申請するため、Bさんは何度も市役所に足を運びましたが、市は「就労の可能性」や「親族援助の余地」を理由に、申請書すら渡しませんでした。その結果、生活は破綻寸前。Bさんは一時期、子どもたちに「みんなで死のう」と心中をほのめかすほど追い詰められました。

ようやく支援が始まったのは、10回目の訪問時。埼玉弁護士会の吉広慶子弁護士が同行し、ようやく申請書が提出・受理されました。それは、初訪問から1年半後のことでした。

しかし、市の対応はここで終わりません。


引っ越しを“命じ”、保護を打ち切る

保護決定後、市の福祉担当者はこう告げました。

「Aさんの実家のある東京都に引っ越してはどうか」

Bさんがそれに従い都内のアパートを探すと、今度はこう釘を刺されたのです。

「今後生活に困っても、転居先では生活保護を申請しないでください」

引っ越し後、市は生活保護を打ち切りました。つまり、いったん受給を認めたうえで「転居させて支援対象から外す」=硫黄島作戦が実行されたのです。

その後、Bさんは転居先の自治体で改めて申請を行い、無事に保護が再開されましたが、心身へのダメージは計り知れません。


制度を“遠ざける”現場の構造的問題

このケースは、単なる市の一担当者の対応ではなく、組織的な対応の結果であると指摘されています。

背景には、「財政難」や「福祉予算削減」の圧力、あるいは自治体間の“たらい回し”文化があるともいわれます。実際、三郷市の保護率(千人あたりの生活保護受給者数)は、2005年から2006年にかけて減少しています(7.4‰→6.9‰)、つまり「削減が実現された」かのように見えるわけです。

しかし、この削減が“人の命や尊厳の上に成り立っていた”としたら、果たしてそれは評価に値するでしょうか?


法廷から問われる「支援のあり方」

この事件を受け、Aさん夫妻は市を相手取り提訴。裁判では、辞退届の強要や引っ越し指示の違法性が争点となりました。これは、単なる支援拒否ではなく、「権利侵害」そのものです。

2006年には、広島高裁で同様のケースについて、「本人の意思に反して辞退届を強要したのは違法」とする判決が確定しており、全国でも同様の「生存権裁判」が続いています。


支援の本質を問い直す

稲葉剛さんがたびたび語っているように、生活保護制度は「最終的なセーフティネット」であるべきです。そしてそれは、“親切”や“慈善”ではなく、「権利」として存在しているということを忘れてはなりません。

水際作戦も硫黄島作戦も、本来あってはならない“制度の裏技”です。こうした運用が黙認される社会では、支援が“行政の気分次第”で左右されてしまいます。

真に安心できる社会をつくるためには、制度の適正な運用だけでなく、行政現場の倫理意識、そして私たち一人ひとりが「見過ごさないまなざし」を持つことが不可欠だと強く感じます。


 

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