生活保護を受け始めると、福祉事務所のケースワーカーに「資産申告書を提出してください」と言われ、書類の提出を求められます。今回はこの資産申告書について解説したいと思います。
目次
保護申請時だけでなく、保護受給中も資産申告が必要になった
生活保護はセーフティネットであり、健康で文化的な最低限度の生活を保障するための制度です。そのため、生活保護を申請する時には資産を申告する必要があります。いくら貯金があるのか、車や持ち家などはあるか、頼る親族はいるのか、など詳細な申告が必要になります。
生活保護申請後にはこの申告をもとに資産調査(ミーンズテスト)が行われます。ミーンズテストは福祉事務所のケースワーカーによって行われます。申告された預貯金の額は正しいものか?扶養する親族はいないか?年金収入や生命保険など現金以外の活用できる資産はないか?働いて収入を得ることはできないか?ミーンズテストの内容はこのように幅広いものになります。調査を正確に実施するため、金融機関への照会、扶養照会(親族へ不要可能かどうか手紙を送る)などの権限が福祉事務所には与えられています。
その人が生活保護を受ける条件を満たしているか判断する必要があるため、申請時に資産の申告が必要な理由は分かります。
では生活保護を受給したあとはどうでしょうか?
生活保護を受給したのちは、国が定めた最低限度の生活費が支給されます。支給するのは各自治体です。自治体が最低生活費よりも多く支給するということはありませんから、この最低生活費で生活している限りは、受給後に資産申告をする必要はなさそうです。生活保護費以外に収入があった場合は「収入申告」が必要になります。この収入申告を徹底していれば、資産申告の必要はなさそうです。
現にこれまでは保護受給後に資産申告の必要はありませんでした。それが、平成27年に厚生労働省から通知が出されたことにより、保護受給後も年に1回の資産申告が必要となったのです。
厚生労働省社会・援護局保護課長は,平成27年3月31日、実施要領の取扱いを変更する通知を出しました。そこでは「被保護者の現金、預金、動産、不動産等の資産に関する申告の時期及び回数については、少なくとも12箇月ごとに行わせること」とされ、これまでは保護申請時のみに要求していた資産申告について、今後は最低年1回資産申告を求めることとされています。これを踏まえ各自治体では、生活保護利用中の方々に対して資産申告書の提出や通帳の提示等を求める運用が始まっています。
収入申告書とは別物
すでに説明したように「資産申告」と「収入申告」は別物です。収入申告は平成27年以前から必要でした。収入申告とは文字通り、その人に生活保護費以外に収入があったかどうか申告させる制度です。申告は通常3か月ごとに行い、書面で申告します。書面(収入申告書)の様式は各自治体によって異なりますが、申告の内容はおおむね同じです。
例として、横浜市の収入申告書の内容を掲載します。ネットで検索すれば誰でも閲覧することができます。
申告の内容は以下の通りです。
- 働いて得た収入
仕事をしている場合、もらったお給料を申告する必要があります。単発のアルバイトや派遣労働も含めて、働いて得た収入は全て申告が必要です。
- 年金、手当など
老齢年金、障害年金などの年金収入も申告が必要です。傷病手当金、児童手当など手当金の申告も必要になります。
- 仕送り収入
親族をはじめ、誰かから仕送りやお小遣いをもらった場合も申告が必要になります。お米を送ってもらったなど「現物による仕送り」があった場合も申告が必要という扱いになっています。
- その他の収入
その他の収入があった場合も申告が必要です。土地や家屋の賃料収入があった場合、生命保険等の給付金を受け取った場合などが考えられます。最近だと新型コロナウィルスや物価高に関連した臨時給付金なども、その他の収入にあたります。
申告した収入のうち、全てが収入認定されるわけではありません。例えば新型コロナや物価高に関連した臨時給付金は収入認定の対象ではありませんでした。ただし、収入認定されないからと言って申告が不要なわけではありません。収入があった場合、正直に全て申告しておいた方がよさそうです。
以上が収入申告の内容です。
資産申告とはどのようなものか
では資産申告とはどのようなものでしょうか。資産申告は、生活保護受給中の「収入」ではなく、「資産」に関する申告です。生活保護費のみで生活し、他に収入がなかったとしても、保護費が貯まったら、それは資産になります。
例として、横浜市の資産申告書の内容を掲載します。これについても、ネットで検索すれば誰でも閲覧することができます。
資産申告書をみると、申告の内容は生活保護の申請時と同様、幅広い範囲であることが分かります。
- 土地、家屋などの不動産
- 現金、銀行預金
- 株式や国債などの有価証券
- 生命保険、学資保険など保険関係
- 自動車など
- 貴金属や時計など高価なもの
- 請求中の補償金
- 負債(借金)
この中で特に気になるのが「現金・銀行預金」ではないでしょうか?
資産申告はなんのためにするの?
前述の厚労省の通知では「被保護者の現金、預金、動産、不動産等の資産に関する申告の時期及び回数については、少なくとも12箇月ごとに行わせること」としかなく、資産申告がなぜ必要なのか、理由については明らかになっていません。すでに説明したように最低生活費を支給して、あとは収入だけ申告させれば資産まで申告させる必要はなく、現にこれまではそれでやってきました。
生活保護法61条には次のような規定があります。
(届出の義務)第六十一条 被保護者は、収入、支出その他生計の状況について変動があつたとき、又は居住地若しくは世帯の構成に異動があつたときは、すみやかに、保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なければならない。
これによれば保護を受けている方の収入、資産になにかしらの変動があった場合には申告が必要なことは理解できます。しかし1年に1回、特に変動もないのに資産を申告させる根拠にはならなそうです。
理由がよく分からないのに、資産申告をさせると保護を受けている方は不安になります。
「銀行預金がこんなにあったら収入認定されるんじゃないか」
「こどものために保護費の中から現金で100万円貯めていたけど、これが知られたら保護費を減らされるんじゃないかしら」
このように考える方がいてもおかしくはありません。
さらに、なんのための深刻かがあいまいだと現場のケースワーカーも混乱します。多額の預貯金があると申告された場合のどのように扱えばよいのか、収入認定や保護停止にした方がいいのか、などと考えるケースワーカーがいるかもしれません。
このように、必要もないのに資産申告をさせることによって被保護者を不安にさせる扱いを「資産申告問題」として、法律専門家などが警鐘を鳴らしています。
資産申告は義務?
先に引用した生活保護法61条では、保護を受けている方の収入、資産に何らかの変動があった場合は申告が必要だと理解できます。しかし、この61条が年に1回、特に変動もないのに資産を申告させる根拠にはならなそうです。
年に1回の資産申告には法律上の根拠はないため、申告は法的な義務ではなく任意の協力を求めるものだと解することができます。
よって、資産申告を拒否したことにより生活保護廃止などの処分をすることはできないと理解できます。これについてはまだ裁判で争われた例がなく、判例等はありません(2023年3月現在)。しかし、法的な根拠がない以上、任意の協力に従わないことだけで被保護者に不利益な扱いをすることは許されません。
資産申告の時に多額の貯金があった場合、どうなるの?
資産申告は法的な義務でないことは理解しても、拒否することに抵抗がある方は相当数いらっしゃると思います。
ケースワーカーに対して「資産申告書の提出に法的義務はないので、提出を拒否します」と面と向かって言える人が果たしてどれだけいるでしょうか?相当なエネルギーが要りますよね。本来あってはならないことですが、これによりケースワーカーとの関係が悪くなってしまうと心配する方もいるかもしれません。
実際のところは、「もめたくないから、申告はしておこう」と考える方が多いのではないでしょうか。
では、資産申告書を提出した際に多額の現金、預金があった場合、どのように扱われるのでしょうか?
実は「保護費をいくらまで貯金していいか」については明確なルールは決められていません。支給された保護費を何に、どのように使うかはある程度まで、それぞれの判断に委ねられています。保護費は毎月使い切らなければいけないわけでなく、貯めておいて大きな出費に備えることも自由です。
ですから資産申告時に多少の現金・預貯金があったとしても、それをもって収入認定や保護停止などの扱いを受けることはありません。
では100万円以上の蓄えがあった場合はどうでしょうか?
保護費の使い方はそれぞれの判断にゆだねられていると言っても、貯めすぎると保護停止・廃止の対象となってしまう可能性があります。何に使うか目的のはっきりしない預貯金については、最低生活費の半年分(保護費支給総額の6倍)が一つの目安となります。
同じ額を貯めていても、何に使うか目的がはっきりしている場合は、高額であってもそのまま認められるケースがあります。
- 自立のため
- 子どもの進学のため
- 親の介護のため
- 葬儀のため
これらの目的で貯金をする場合、上限額はありません。
詳しくはこちらのブログで解説しています
他にも様々な目的で認められる場合があります。詳しくは個別にケースワーカーに相談してみてください。
まとめ
大事なことをまとめます。
まず、定期的な資産申告書の提出に法的義務はありません。
しかし、申告を拒否するのも相当なエネルギーが要ります。
そこで資産申告書を提出して、多額の預貯金があった場合でも、それをもってすぐに保護停止や収入認定をされるわけではありません。
・目的のない預貯金はおおむね保護費総額の6倍程度(約80万円)
・生活保護法上認められている、目的のはっきりした預貯金については上限なし
この範囲で預貯金が認められる可能性が高いので、堂々と申告をしてください。