生活保護は最低限度の生活を保障するための制度です。たくさんお金を持っている人は当然ながら生活保護を受けることはできません。貯金が1億円ある人が生活保護を受けていたらおかしいですよね。
それでは、生活保護を受けながらいくらまでなら貯金をしてもよいのでしょうか?
このブログでは生活保護費はいくらまで貯金しても大丈夫なのか、詳しく解説します。
目次
保護の申請時と受給中で違う
まず押さえておきたいのが、生活保護の申請時と受給中で貯金をしてもいい額は異なります。
申請時とは、生活保護を申請している段階、つまり生活保護を受ける前です。
受給中とは、文字通り生活保護を受けている期間中です。
保護の受給中よりも、申請時の方が貯金額はシビアにみられます。これから保護を申請するのに多額の現金を持っていたら、まずはそれを使って生活をしてくださいという話になります。
このページでは受給中の貯金についてのお話をします。
申請時の貯金額については、別ページであらためて解説していきます。
受給中の貯金の上限額は、明確に決まっていない
それでは一体いくらまでなら貯金しても大丈夫なのでしょうか?
「80万円までなら大丈夫」
「100万円超えても大丈夫だった」
「生活保護支給総額の6倍までは認められる」
様々な噂を耳にします。
結論としては、貯金の上限額は明確には決まっていません。
保護を実施している自治体によって、額が決まっている場合もあれば、個別に判断していく場合もあります。
そもそも生活保護制度はなんのためにあるのでしょうか?
生活保護法第1条を見てみましょう。
生活保護法
(この法律の目的)
第一条 この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
生活保護制度は、全ての国民が健康で文化的な最低限度の生活を送れるように、国が生活を保障する制度です。
「健康で文化的な最低限度の生活」の範囲内であれば、当然貯金は認められます。
いくらまでが範囲内なのかは、自治体によって決まっている場合もあれば、個別の判断の場合もあります。また、後で詳しく解説しますが「何のための貯金なのか」によっても変わってきます。
あくまで一つの目安ですが、最低生活費の半年分を貯金の上限額にしている自治体があります。「保護費の6倍までならOK」という噂はここから来ているのかもしれません。
都内(1級地)で単身者が保護を受けている場合、支給総額は約13万円です。これを6倍すると貯金の上限額となります。
13×6=78万円
これが貯金上限額の一つの目安です。
ただし、自治体や担当ケースワーカーの判断によっても変わってきます。心配な点はケースワーカーに相談するのが一番だと思います。
貯める目的、貯まった理由によっても違う
貯金の上限額は、「なんのために貯金しているのか」によっても変わってきます。
繰り返しですが「健康で文化的な最低限度の生活」の範囲内なら、貯金は認められます。
「健康で文化的な最低限度の生活」を維持するために必要なら、多少高額であっても貯金は認められます。
なんのための貯金ならいいのかは、個別に判断されますが、認められる可能性の高いものを挙げていきます。
①自立するための貯金
今は生活保護を受けているが、将来は仕事をしたい。そのための準備としてお金を貯めておきたい。
このような目的の貯金は認められる可能性が高いです。生活保護は自立を目指すための制度です。このことは生活保護法第1条にも書いてあります。
生活保護法
(この法律の目的)
第一条 この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
貯金がゼロのまま自立を目指すのは心細いです。多少の蓄えは必要でしょう。貯金の目的をはっきりとケースワーカーに伝えれば、認めてれると思います。具体的な額についても相談に乗ってくれます。
なお、貯金をしなければ自立ができないわけではありません。
生活保護には「生業扶助」というものがあります。生業扶助とは、仕事のために必要な資金や機材などを購入するために支給されます。
就職のためのスーツ代や、必要な資格を取得する費用は、保護費として支給してもらうこともできます。
無理に自分の貯金だけでがんばろうとせずに、一度ケースワーカーに相談してみるのがいいでしょう。
また、仕事をしてからすぐに生活保護が廃止になることはありません。働きだしたらその先は全部自分のお金でやりくりしないといけない、と思われる方もいるかもしれません。
しかし通常は、仕事をはじめてから2,3か月程度は、その人が本当に仕事を続けられるのか、このまま自立に向かっていけるのか、様子を見てくれます。
いきなりフルタイムで働く必要もなく、週に数回のアルバイトから始めることも可能です。あせらずゆっくり自立に向かっていくと考えれば、貯金額はそこまで多くなくてもいいかもしれません。
保護の種類については、詳しくはこちらのページを見てみてください。
②進学のための貯金
大学に進学するための貯金も、認められる可能性が高いです。
生活保護は必要な教育を受けるためにも支給されます。これを「教育扶助」と言います。教育扶助として支給されるのは義務教育まで、つまり中学卒業までです。
中卒後は働かないといけない、というのはあまりに時代錯誤です。
そこで高校進学についての費用は現在では「生業扶助」として支給されています。高校進学は社会に出て、自立するための準備費用として認められています。
では大学進学はどうでしょうか?
残念ながら生活保護を受けながら大学に進学することは、今の制度では認められていません。保護を受けている世帯の子どもが大学に進学すると、その時点で世帯から外されて支給額が減額されます。
保護を受けながら大学に進学することはできません。しかし、保護を受けながら、大学に進学するための貯金をすることは認められています。
例えば大学進学のための「塾の費用」や「入学金」は貯金として認められています。高校生が自分でアルバイトをして「塾費用」や「入学金」を貯める場合、収入認定もされなくなります。
近年、「進学前に納付する前期授業料」なども収入認定から外すことが検討されています。
詳しくはこちらのページを見てみてください。
③結婚、親の介護のための貯金
まず、大前提として生活保護受給中であっても結婚ができることは言うまでもありません。結婚して子供を設けることは健康で文化的な最低限度の生活に含まれます。
結婚のためには色々とお金がかかります。披露宴を行う場合はもちろん、写真を撮るだけでもお金はかかります。このような結婚のためにかかる費用を、一度支給された生活保護費の中から自分で貯めることは問題がありません。上限額も明確には設定されていません。ただし、あまりに常識はずれな豪華な披露宴などは指導の対象になると思われます。心配なら事前にCWに相談をしましょう。
親の介護のための貯金についても同様です。介護にも様々なお金がかかります。介護用具やバリアフリー設備のためのお金、介護サービス費用、住宅改修費、生活費などが一般的にかかります。自らの生活保護費を貯蓄して、このような介護費用に充てることには問題がありません。ただし、自身の生活を追い詰めるような過度な負担は避けた方がいいでしょう。介護保険制度を始め、自治体のサービスをうまく利用することで負担を抑えることができるかもしれません。行政の窓口(高齢障害支援課など)に相談してみてもよいでしょう。
親の介護のための貯蓄が認められるので、自身の介護のための貯蓄も認められます。自身の介護のための貯金は「老後の必要経費」です。どのような名目で、どのくらいのお金がかかるのか、事前にケースワーカーに相談してみてもよいと思います。中には自治体のサービスとして給付されるものもあるかもしれません。
④お墓、葬儀のための貯金
自分の葬儀のために貯金をすることも認められています。
葬儀にかかる費用は規模や地域によって様々ですが、一般的には下記のような費用がかかります。
- 死亡診断書料
- 葬儀場費用
- 火葬費用
- 納骨費用
- 遺影や花輪や戒名など
これらにかかる費用をあらかじめ支給された保護費から少しずつ貯めることは問題がありません。
一方で、葬儀のための費用は「葬祭扶助」として生活保護費として支給されます。ではなぜ葬儀のための費用を貯める必要があるのでしょうか?
葬祭扶助は故人が生活保護受給者であれば無条件に支給されるわけではありません。葬祭扶助が支給される場合は主に次の2つです。
- 生活保護を受給している方が喪主となって葬儀を行う場合
- 亡くなった方に身寄りがなく、遺族や親族以外の第三者(民生委員など)が葬儀を行う場合
つまり、故人が生活保護受給者であっても遺族に資力がある場合、葬祭扶助は支給されないのです。遺族に迷惑をかけたくないと思う場合は、葬儀のためのお金は自分で貯める必要があります。
また葬祭扶助で葬儀を行う場合は、直葬(お通夜および告別式を行わずに火葬すること)となります。死亡診断書料、運搬料、火葬料などは葬祭扶助から支給されますが、僧侶にお経を読んでもらったりなど、特定の宗教に関連した儀式についての費用は支給されません。墓地に納骨するための費用も葬祭扶助からは支給されません。
戒名をつけてもらいたい、お経を読んでもらいたい、先祖代々のお墓に入りたいなどの希望がある場合は、その為にかかる費用を生前から貯金しておく必要があります。
⑤その他(生活保護費を横領された場合の返還金など)
その他、次のようなものが実際の事例としてありました。
・生活保護費を数年にわたり横領されており、弁護士に依頼して返還請求をしたケース
この事例は数年にわたり横領されていたため、返還金が100万円を超える規模でした。これは本来生活保護受給者に支給されていたはずのお金ですから、収入認定はされず、100万円を超える預金は本人の資産として認められました。
これに似たケースとして交通事故の被害者になって、損害賠償金を受け取った場合があります。ただしこの場合は損害賠償金は収入認定されるようなので注意が必要です。
判例
生活保護と貯金をめぐる問題は、過去に裁判で争われたこともあります。その中の一つをご紹介します。
秋田県仙北福祉事務所で生活保護を受給していた夫婦が、将来の自分たちの療養介護の心配から、支給された生活保護費などを切り詰めて約80万円貯金していました。福祉事務所からその貯金を収入認定され、生活保護費を減額処分されました。
この保護費の減額処分に対して夫婦は訴訟を起こしました。裁判の結果、預貯金の保有は認められ、①保護費の使い道は自由であり、②預貯金の保有は社会的常識に沿って認めるといった判断基準が示されました。
判決(抜粋)
本件預貯金は、前記のとおり、収入認定された障害年金と生活保護費により形成されたものであるが、生活保護制度は、憲法二五条に由来し、憲法二五条で いう健康で文化的な最低限度の生活とは、人間の尊厳にふさわしい生活を意味する。人間の尊厳にふさわしい生活は、自らの生活や行動の仕方を自らの自由な意思により決定できるものでなければならず、その意味で、保護費の消費は、明らかに浪費的でない限り、被保護者の自由に委ねられることが要求される(保護費消費自由の原則)。生活保護制度において扶助の方式が金銭給付であるのもこれを担保するものである。また、保護費消費自由の原則は幸福追求の権利を保障した憲法一三条にも根拠を有するものである。本件預貯金は前記のような目的を有するものであるから、浪費的なものとはいえず、本件変更処分は右のような保護費消費自由の原則に抵触する。
秋田地裁判決(平5.4.23)